おはようございます。
何だか最近家でやることもなくなり(本当はあるのだけど、目を逸らしているだけ)、
そろそろこの週末には雪囲いの骨組みでもやってしまうべぇかと
ちょっと前向きに思ったりしているのですが、
「ま」さんからの投稿がありましたので、掲載致します。
正確には軒下ではないのだけど、その意気をかおう!!

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今一番好きなラーメン。

ラーメン玄作のラーメン。
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というわけで、好きなラーメンの紹介でした。
パチンコやそばにあるこの店舗、
京都風ラーメンを標榜し、九条葱なるものをたっぷりと使用しているのが、
多分、売り。
小生は、そこそこ好きです。
チャーシューをその都度バーナーで炙ってくれるはず。
この点に関しては何というか、ノーコメント。

この頃思うのだが、ラーメンを食べに行く行為は、レジャーになりつつある。
腹を満たしに、というよりは、ラーメンを楽しみに行く、
という目的の転換が起きているような気がしてならない。
このことについては、いずれ詳細に論じようと思う。今のところは。
 中学生のとき、そう、中3のとき、昼休みはいつも理科室で過ごしていたのだ。幼なじみのnawoqui氏(随筆に出てくる)とかと一緒に、いつも理科室にいた。(ちなみに彼とは小・中・高と、12年間の中で、一度しか同じクラスになったことがない)とにかく、理科室にいたのだ。
 当時、校舎はおんぼろで、かぎをかけていてもどこからでも侵入可能な感じで、あぁそういえば日本海中部地震のときには、技術室で技術の時間で、ふざけた友達が(Kくん)K先生にビンタされていたなあ。それでもって、理科室の外にはイチョウの木が立っていて、秋になると見事に実をつけてそれらを大量にばらまいてみなから嫌悪の対象になっていたものなのだが、我々はそうではなかった。食後のデザート(?)に、まわりの皮(最も臭いところ)をそぎ取って、水で洗って、ストーブで焼いて食べていたのだ。用務員のおじさんが来るとおこられるから(なぜだ!!理不尽だ)、こそこそしながら食べていたのだ。ちなみに秋・冬だけどね。

 ほんで、当時というかその年の科学部(nawoqui氏もその一味)は一大調査をしていて、町の中にシャーレを置いて、一定時間に場所によってどれくらいチリが積もるというか落ちるのかを調べていたのだ。今考えてみると、建設省とか環境庁の下請けみたいだな。確かに、その後学生になって、建設省の下請けのK技研という会社でバイトをすることになるのだが。
 科学部の面々は、回収したシャーレを方眼紙の上にのせて顕微鏡でチリの一個一個を数えていた。正気の沙汰とは思えぬ。よく、馬鹿にしに行ったものだ。放課後。
 ところが!!彼らはなんとか賞を取ってしまったのだ。賞金もがっぽり儲けて、ご褒美に当時顧問の一義先生(くしゃみがでかい)に、三平食堂(もう今はない)に連れていってもらったらしいのだ。ほんで、ラーメンを食べさせてもらったらしい。だが、nawoqui氏は語る。「残った金、どうしたんだべなー。ラーメンでごまがされだー」と。

 それで、やっと本題に入れるのだが、なぜウーパールーパーで理科室の想い出なのかというと、その当時ウーパールーパーが流行り初めの頃で(どんなはやりだ)、ちょうど、理科室にウーパールーパーの標本があったのだ。というか、アルコール漬けになって色が抜けてしまい白くなっているサンショウウオの幼生と考えられるのだが、当時は「ウーパールーパーだ!!」とわけもなく珍重していたのだった。
 ウーパールーパーは、外部に飛び出してしまったエラが素敵。肺が外にあるようなものだな。肺といえば、背が高い同僚(先輩)が言っていたのだが、レントゲンを撮ると、「長い肺ですねえ」と言われるそうだ。長い肺!?肺にもそういう形容ができるとは知らなんだ。人間が外に肺があったら邪魔だなあ。

 ほんで、この画像は大館市在住のゆみやんさんからいただいたもの。小生も大好きな盛岡(みちのくプロレス社屋があるから)に行った際に見つけられたとのこと。知ってます、このあたり!!アーケードのある中心街から横に入っていくと、そう、「路地」なのですが、飲み屋がいっぱいあって、夜はもう、どこに入ればいいのかとっても迷ってしまう土地なのだ。
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ところで、たまに人に「スナックやるとしたら、どんな名前にする?」と聞くのですが、生き物の名前にする人は今まで聞いたことがないです。斬新だ。小生ならなんにする。そうだなあ、「皇帝ペンギン」とか、「イッカクジュウ」とかかな。
 ゆみやんさんからのコメントです。


<その1>
いつもお世話になっております。
添付のデータ(0930morioka.jpg)は先日盛岡へ出かけた時のものです。
本当はこの看板に灯がともったところが見たかったのですが、
生憎その日は日曜だったのであきらめました。
ちょっとファイルが重めでごめんなさい。誰かとこの感動(?)を分かち合いたい!
支部長なら笑ってくれるかも!と送りつけてしまいました。

u-pa1.jpg

<その2>
あの辺りはヘンに風情があっていいですねえ。
実は盛岡はこの間出かけたのが初めてだったのですが、
もっとじっくり歩いてみたいな、と思いました。
なんたって本屋が充実してるのが嬉しい!
雪が積もる前にまた行かなくては。

 なぜかゆみやんさんには「支部長」と呼ばれているのですが、最近はしょっつるネタで盛り上がっているのでありました。
 盛岡も軒下の宝庫(特にお店の)!近々行きたいものであります。ありがとう、ゆみやんさん。一ヶ月も待たせてしまい、スマンですたい。(2001.11.6.)
 この頃、ウーパールーパーが世に名を広めていたというわけでもなく、かつて流行った頃(エリマキトカゲも流行ったな)に、スナックの名前にしてしまえとしたヒトが盛岡にはおったということであるんだろうな。そして、あわよくば今もあってほしい。
 盛岡のとあるデパート(敢えて名を秘す)の地下の食品街の肉屋には、「テキサス」という、大変素晴らしい調味料が売られている。そこ以外では売られているのを見たことがない。本当に素敵なほどに旨い調味料で、特にただ肉を焼いてかけるだけで頬が落ちてしまうほどに旨くなる。
 そういうものが売られている街です。盛岡は。
 平鹿町のsaraさんは美容師さんであります。バサラというお店にお勤めというか、経営していらっしゃるのです。黄色い建物です。関係ないけど。ほんで、軒下に興味を持っていただいたようで、さっそく投稿をいただいたのです。うれしい~。
 前、村さ来でご一緒したときにジンロのロックをおごっていただいた上に、このたびは画像までいただいて、なんだかホントにもうありがとうございます。このご恩は必ず…。
 以下は、メールにあったお話であります。

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昨年の出来事です
店の(黄色いやつです)軒下に黒かびのようなものを発見したんです
「あれっ、汚れ?カビ?」そうじしなくっちゃと思いながら眺めてました
なんか違う!!と思ったのは3分程眺めてからでしょうか(気づくの遅すぎ)
ぽっこりしてる*全体がこんもりしてる*毛がはえてる*耳がある*
枝みたいな黒い手がある*逆さまになってる*
息が一瞬止まりました 息苦しさに我にかえりました
嬉しかった 初めてコウモリ見れました かわいいんです
寝てるらしいんです 全然動かないいんです 
知らぬ間に異常接近 わずか10センチの位置でまじまじと眺めました
でも、こんなに明るい昼日中、しかも7月ですよ
コウモリって熟睡できるんだ!?
謎だ*****
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壁を向いて寝てる姿があまりにもけなげで
真剣に寝てる姿があまりにも愛らしくて
思わず写真を送ってしまいました*shikoさん*
一眼レフで撮った写真を今日デジカメで撮りました
なんかやっぱ見にくいですね ごめんなさい
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全体の大きさは7~8センチ程でしょうか!
地面から60センチ位の壁(黄色)とモルタル基礎の境で昼寝してました!!
今考えても不思議です その時はスタッフみんな大騒ぎでした
あまりに必死に寝てるようなので、起こしたらかわいそうということで、
だまって寝かしてました。夕方見にいったら、もういませんでした。
少しほっとしました。家帰ったなって*



 小生、『トムソーヤの冒険』を幼少のみぎりに愛読したものだが、その中に「インジャン・ジョー」という名前の、つまりネイティブアメリカンなのだが、悪さをして逃げて、洞窟の中に入ったら出られなくなって餓死しちゃうのだが、その死んだジョーのまわりにはコウモリの骨がたくさん落ちているのだ。ジョーは腹が減って食べる物もなく、コウモリを食べたのだ。
 コウモリって食べるところあるのかねえ。皮と骨ばかりな感じで。
 ほんで、コウモリって、つかまえられるそうです。職場の事務官に聞いた。今、赤ちゃんが生まれて休んでいるけど。
 彼女は、雄物川町というところの出身で、秋にそれをやって遊ぶそうです。秋に稲刈りが終わった田んぼには稲の切り株があるわけです。それを引っぱると土のかたまりごと抜けてくるのだけど、それをね、夕方から飛び始めるコウモリの周囲に投げ上げるのだそうです。そうすっと、予想だにしないところに超音波が当たって返ってくるとコウモリがビックリして落ちてくるらしいのです。彼女はコウモリをその方法でつかまえて、飼っていたとのこと。ははは。

 saraさんは、初めてコウモリを見て、しかも凝視して、かなり感激なさったようですねえ。よかったよかった。画像を見ると、腕と耳がキュートです。今度は是非、さわってみてください。
 そうだ!もう少ししたら稲刈りなので、お店のまわりの田んぼで一緒にコウモリ捕獲大作戦をやりましょう。よろしかったらお店のみなさんも一緒に。そしてお店のマスコットというか、ペットにするのは如何? (2001.9.24.)


いっとき、家の中に蝙蝠がよく入ってきていた時期があり、それは夕刻にドアを開けっ放しにしていたせいもあるのだが、狭いところであの翼を広げて飛び回られると、かなり恐怖を感じたものでありました。箒とちり取りを用いてお引き取り願いましたが。
「basara」には今もなおお世話になっております!!
ご主人はお城マニアで、お城を訪れるときには着物を着て刀を差して(確か)という装いだそうで、姫路城が好きだったのかな。小生は、熊本城が好きであります!! 
まずはこれをお読みください。

象皮症:皮膚と皮下の繊維硬化が急性リンパ管炎の急性増悪を繰り返す部位で進行して、象皮症が形成されることがある。
バンクロフト糸状虫 症では下肢、陰嚢(図3)、上腕(一側性または両側性)、陰茎、外陰部、乳房の順に見られ易い。
マレー糸状虫 症では典型的には一方または両方の足の下方から膝へ(図4)、または片側か両側の前腕から肘にかけて見られる。生殖器には生じない。
長期間顕著な機能障害を引き起こすことなしに、この象皮病は醜怪な機能障害に至ることがある。糸状虫 症の最大の障害は外見性であり、患者に早期から負担を掛け、その印象が長い間病として付きまとう。

 ということなのですが、図3と図4を掲載する勇気を私は持たない。

 で、なぜ、この、ミクロフィラリアという寄生虫が引き起こす病気の症状なんかを掲載しているかというと、最近、寄生虫関係の(というほどでもないが)ビデオを見たから~というのと、西郷隆盛がこの病気になっていて、晩年、馬に乗れなかったということを人から教えられて、そのことで頭がいっぱいだったわけですな。

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 そこに、猫妹さんからの投稿だったわけであります。実にタイムリー!!(小生の中では)
 でもさ、『赤のれん』という店名で寿司屋なのは、どうか。

 どうしてなの?なーんだか、小生の展開する「居酒屋論(ほとんど太田和彦氏の受け売り)」からいくと…、いや、そうか、のれんは赤いのであって、『縄のれん』ではないのか!!

 今、自分の甚だしい勘違いに気がつきました。それならいいです。西郷どんの流し目もいいしな!!

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 でも寿司屋か~。猫妹さん、これって、地元で撮ったんですよね。
なんで西郷どんなのか、謎のままでいいのだけれども、この、『赤のれん』を誰がどのような形態で経営しているかの追加情報をお願いしたいものであります。「軒下」としてよりも、「飲み屋」としての方にかなり興味があります。

 む、猫妹さんは、そこまでねらったのですね~。ナカナカヤルナ。(2001.9.14.)

 このお店、小生実際に行ってみたのは「●岩国居酒屋放浪記」に詳しいのだが、ここは混沌としたお好み焼きやであったのですよ。しかも、緊張感が溢れる!! まぁ途中からどうでも良くなったのですけどね。
 居酒屋論などと恥ずかしいことを言っている自分が馬鹿馬鹿しくも微笑ましいかぎり。
イエ~イ!甘いもの大好き!ジャイアント落合です。

というわけで、今回は、NONOさんが決死の覚悟で投稿してくれた「じぶんのイエの軒下」なのだ。というか、画像送信に難儀しただけなのだけど。
以下、NONOさんによる作文。
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まずは我が家の正面から。
いずれこの右側は増築の予定。
さあ張り出した軒下はどーなってるか?

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おお吹き抜けの台所。

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で、今は洗濯機、ゴミ箱、洗濯物と生活臭あふれる状況です。



 自慢じゃないけど(ちょっと自慢)、小生、ここに泊まったことあるんですよ。家の中には、新聞がいっぱいありました。家のまわり中がトイレで、用を足すのに事欠きません。というか、前の人が用を足したところに重ならないようにするのを気をつけなきゃあ、いけません。
 そういうわけで、みなさんも、NONOハウスを見学に行こう!途中、道から滑り落ちぬように、注意。(01.3)


 屋久島に自分で家を建ててしまったNONOさん、ついに住み慣れた素敵な家から離れることになるのだとか。
 そう!! 
 HappyBridalですよ!!
 ん~、ついにですよ遂に。
 この家はどうするのだろうと思いつつ、屋久島から離れないでほしいなぁと自分勝手に切望いたします。
 ところでこの家を訪問したとき、夕食は焼き肉と芋焼酎でありましたが、この当時電気は引かれておらず、焼き肉はカセットコンロにフライパンでやったものでした。で、地元産芋焼酎「三岳」の旨さに刮目し、延々と飲んだのでありました。ん~、懐かしい。
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