たまにあるのですよ,こういう,芸術の残骸を
お外に放置というか,よせておいて,雨風に晒しちゃっていることが。

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見つけたときには,軽く,目を疑ったものでした。
なんで,こんなもんが,わざわざ外に?と。

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見るからに,花の絵であります。
よくよく描き込まれ,
背景にしか色が塗られておらぬ。
花の際の部分が色濃く,周囲に向かって,薄くなっていく。
そして,倒れぬように,紐で結わかれているという家人の思いやり。
というか,やっぱり,なぜ外に?であります。

そして,外といったらやっぱり置かれているのがこれです。

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鍋。
その下にあるのは恐らくは,漬け物石的なもの。
(もしも石臼だったらば,下谷の再来だ!!)
外にキッチン用品が置かれるのは,実に珍しくない(変な表現だ)。
包丁なんて,畑の野菜の収穫に大活躍です。
まな板も外にあったりします。
古くなった台所用品はおままごとにも活躍です。
ままごと,やったな…(と遠い目)。




全っ然,関係ない話。
JPホーガンという,米国の“ハード”SF作家がおりまして,
『星を継ぐもの』という名作があり,
それはシリーズもので,もう,すこぶる面白いのですが,
別シリーズで“造物主”シリーズというのもあり,
その2作目にこれから取りかかるところ。
木星の衛星に,異星人が送り出した工業ロボットの乗る宇宙船が偶然たどり着き,
(もう,こういう説明からしてなんのこっちゃでしょうけど)
独自の世界を創り上げているのを地球人が発見し…,という話で,
つまり,そのロボット達は,まるで地球の中世のヨーロッパのような世界を
自分たちで創り上げており,その中には,資本主義と共産主義が
偶然の産物か,対立しており,
という,小生は説明しているだけでワクワクなのだが,
読者諸氏はやっぱりなんのこっちゃでしょうなごめんなさい。



最近,コンパクトデジカメの画面に黒いものが映り込むようになってしまった。
レンズの内部に汚れのようなものが見える…。
ズームアップすると,その汚れまで拡大されてしまう始末。
困ったもんです…。

さて,なんとも風情のある軒下です。

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この光無しには,崇高な光景は生まれなかったことでありましょう。
朝日だから,崇高です。
夕日だったら,ちょっと寂寥な感じ。
朝日だからこそ,力みなぎる感じ。
そういうことです。

しかしながら,この,かつて使われていたであろうブランコには,
朝日が当たってもなお,寂寥感が漂いまくりです。
古いもの,というのは,神々しさを感じさせるときもあり,
明らかに寂しさを感じるときもある。
生活に身近であったものほど,寂しい感じがいたしますな…。
(どんな子どもが使っていたのだろう,とか)



今朝も雪が積もっておりました…。
まだまだタイヤを替えられぬ。
そして,いま,最も心配しているのが,
横綱稀勢乃里の怪我の塩梅。
このまま休場になっちまったら…と,夜も眠れぬ(大袈裟)。
ちょいとご無沙汰していました。
朝仕事と雪寄せがあると,なかなか軒下やっておれませぬ。


さて,これはいいですよ!!
手がかかっておる!! という軒下収納であります。

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この,固定っぷりが,覚悟の強さを感じさせてくれます。
もう,当分の間,ここからホースは動かさぬのだ!! という。
ほんで,いちいちしまう必要もない。
使いたいときにひきだして使えば宜しい。
ただ,ここの道路を通るヒト,誰にでも,
「あ,ここから引っ張ってホース使うんだここんちのヒト」
と,思われてしまうのは短所といえば短所かな。
ま,そんなこと,気にしないでしょう。
それよりも,使い勝手(←近年,飲食店に対してもこの言葉,使いますな)を重視。



今朝方,「カフェを始めます」的な小説を読み終えたのだが,
How toものではなく,完全に創作なのだが,
実にリアルな話で,飲食店を始めるにあたり,
保健所がどういうところを審査するか,それに対してどういう対策を練るのか,
というあたりが妙にリアルに描写されており,
勉強になりました。
古い民家を日本茶カフェにする話で,
開店したもののなかなか客が来ず,
それが何かをきっかけにおおはやりになるのかなと思いきや,
そうなる前に終わっちゃうという話で,
ま,潔いといえば潔い。
変に格好付けないところがよいといえばよい。

そうだ!!
新聞のコラム「おじさん図鑑」というので,
「そのとき○○な自分がいた…」的な描写をいかがなものかという話題を読み,
なるほどと思いました。
そのとき,敢えて,積極的に使ってみようかな,と思った自分がいた。
そして,それはちょっと莫迦らしい,と思う自分がいた。
で,そろそろこの話もやめよう,と思う自分がいた…。






全国の読者諸氏,おはようございます。
まずまずもって,すっかりご無沙汰してしまいましたのは,
去る先週土曜日に,酷く飲み過ぎた上に,風邪をひき,
おまけに雪も結構降りまして,ネットというものに疎遠になってしまった次第。
やっと普通になりました。
が,ヒトというものは,同じことを繰り返すのだよな…。

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ものの置き場たる,堂々とした軒下であります。
使い古した椅子,よく置かれているものです。
よく分からんのは,ビールケースの隣のクリーム色の円筒形のものが2本あること。
その形状から思いつくのは,碍子ですな。
でも,プラスティックっぽい。
意外に大したことないものなのかも知れぬ。

大したこと,といえば,今公開中の,遠藤周作原作の『沈黙』。
棄教やら,裏切りやらというものは,一度でもしてしまうと,
もう取り返しがつかないのだなと,予告を見ただけでしみじみと感じ入ってしまった次第。
『荒野の7人』と共に,必ずや鑑賞しようと心に決めた。

米国の戦争物の映画は,もう,見ていて辛いです。
一体,映画の中で何人が死んでいくのだろうか。
そのとき,どんな立場でどういう人間であっても,
人として生きてきた人生は,誰もが等しくもっているもので,
鉄砲バンバンでどんどん命が消えていくことが,
フィクションであっても,酷くやるせなさを感じるのだ。



「清水の里をウロウロ」は,あと4回続きますよ。
序盤の勢いがすっかり衰え,
細々と書き続けてきた「新春を言祝ぐ」でしたが,
やっとのことで最終回。
(「やっとのことで」といったら金太の大冒険の「♪やっとのことでマカオに着いた」ですな)

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これは,上野ではないのだが,岩本町というところなのだが,
知らなかったのだ,「カレーノトリコ」というカレー専門店があり,
そこを通りすぎたところの新聞販売店の自転車の列が,
もう,ギュウギュウ詰めで,その並べ方たるや,
もう,大変なものでありましたよ。

ちらりと見える,幣(ぬさ)というか御幣が,
都会のど真ん中でありながら,風情を醸し出しております。

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で,奥に見える人影を拡大すると,このように,並んでおるのだ。
ガラガラのキャリーカートをもつのは旅行者であろう。
行列のできるカレー屋というのは,
行列のできるラーメン屋よりも威厳がある(気がする)。

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さてさて,ここからが上野界隈なのだが,
猫というのは女子に大人気なものでありますな。
子猫,ならば小生でも可愛らしいと思うよ。

この猫は,屋根の上で我々を見下ろしていた。
同行の皆様はキャーキャーと嬌声を上げていた(ような気がする)。
そもそも,軒下にいる動物というのは
これまでも大体猫だっな。
(長崎で見つけた3猫とかも)

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所は変わり,ジョージ君そんなところまでも知っていたのね,という,
老舗中の老舗居酒屋,「鍵屋」に歩を進めてくれた。
小生,一度だけ,行ったことがあるぞ。
もう,落ち着きすぎた雰囲気で,
大勢でワーワーと訪れるような店では決して,ありません。
常連が一人で訪れ,2,3杯飲んでさっさと帰るような店だ。
酒のつまみも,池波正太郎チックな,
大体が茶色いような食べ物ばかりであった。
の割りに,店主は案外気さくな,シティーボーイがお爺さんになったような,
良い人でありました。

で,老舗中の老舗居酒屋の2階の物干しには
住んでいるであろう家人のものかも知れぬタオルだけが干されていた。
そして,小生とジョージ君の目の前で,高齢の女性があわただしく取り込み,
雨戸をバンバンと閉めたのであった…。
精神的に,閉め出されたような思い…。

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最後はおまけのようなものです。
神社に,富士山があった。
軒下でも何でもないです。
富士山に登った気分を味わうために(ちょっと言い方が正しくないかも)
都内のあちこちの神社境内に,
富士山の溶岩を運んできて,山のように積んで,
富士山の山開きの日に解放して,ちょこっと登ってもらい,
ありがたみを味わうというイベントが古くから行われているそうだ。

初めて知ったよ!!


まとめ。
路上観察の皆さんと歩くと,視野が広がる。
今まで考えもしなかったことを考えさせられる。
知識を分けてもらうのはもちろんのこと,
こういう見方もできるのね,つまり,
こういうジャンルもあるのね,と思い知らされる。
それは例えば,「公共の路上に鉢植えを並べる行為」などです。
そうやって,ジャンルに一括りにすることで,
面白みも表れる。
そして,何よりも,「そうした」人の生きる有様が
そこここにあるのだということに触れるのは,
柳田邦男先生や,折口信夫先生が提唱した民俗学に,
かなりの底辺で,かなりうっすらと関わっているのだよ我々,と
これまでの路上観察を価値付け,意味付けるものであるのだな。



と,偉そうにまとめてしまいましたが,
同行の皆様,ありがとうございました。

こんとき,一緒に歩けはしなかったが,
カラオケボックスでさせてもらった軒下トークから参加してくださった
「ステルススイッチ」のみわさんは大変に善き人で,
ここに感謝申し上げます。
あと,ばけさんからは,「ツイッターやりましょうよ」と誘っていただいた。
ちょっとやってもいいかな,と思っています。

とにかく,AYAさんを初めとした皆様,大変にありがとうございました。


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